「成功率90%」は何を意味するのか——モンテカルロ法をやさしく解説
資産形成の計算をしていると、こんな一行をよく見かけます。
「毎月10万円を年利5%で積み立てれば、約20年で3,000万円に届きます」
きれいな数字で、目標ができた気がして、少しうれしくなります。私も同じように、電卓や積立シミュレーターで「あと何年」を何度も計算してきました。
でも、このたった一行の計算が、実はいちばん楽観的な見積もりだとしたら、どうでしょう。今回は「FIREシミュレーションの成功率とは何か」を、そもそもの考え方からやさしく整理してみます。
「年利5%」は、毎年きっちり5%増える約束ではない
単一の計算がなぜ危ういのか。理由は、「年利5%」が平均の話でしかないからです。
現実の相場は、ある年は+25%、次の年は−15%、その次は+8%……というふうに、大きく波打ちながら進みます。ならしてみれば年5%かもしれませんが、「毎年きちんと5%ずつ増える」わけではありません。ところが「◯年で達成」という一行の計算は、この波を無視して、毎年ぴったり5%増える一本道の未来だけを描いています。
やっかいなのは、同じ「平均5%」でも、波の順番によって結果が変わってしまうことです。取り崩しを始めたばかりの時期に大きな下落を引くと、目減りした資産から生活費を抜くことになり、その後どれだけ相場が戻っても取り返しにくくなります。逆に、序盤が好調なら同じ平均でもずっと楽になります。平均が同じでも、引く順番が運命を分ける——この性質が、単一の計算では見えてこないのです。
モンテカルロ法——「ありえた未来」を何千回もやり直す
そこで登場するのがモンテカルロ・シミュレーションという方法です。名前は少しものものしいですが、考え方はとてもシンプルです。
一本道の未来を1つだけ計算するのではなく、リターンのばらつきを踏まえたランダムな未来を、何千回・何万回とつくって試す——ただそれだけです。ある回では序盤に暴落が来る未来、別の回では終盤まで好調が続く未来、といった具合に、「ありえたかもしれない人生」を大量に並べます。
そして、そのうち何%の未来で、お金が最後まで足りたかを数えます。これが「成功率」です。
- 1万回の未来を試して、9,000回で資産が寿命まで持った → 成功率90%
- 同じ条件でも、5,000回しか持たなかった → 成功率50%
一本道の計算が出す「◯年で達成」は、この大量の未来のうち、ちょうど平均くらいの、わりと運のよかった1本を見ているにすぎません。だから楽観的に振れやすいのです。
「成功率」は、定義しだいで数字が変わる
ここで大事な注意点があります。「成功」が何を指すかで、成功率の数字は大きく変わるということです。
FIREの世界で有名な「4%ルール」を例にとります。これは1994年にウィリアム・ベンゲンが発表した研究が出発点で、その後トリニティ大学の3人の研究者による通称「トリニティ・スタディ」(1998年)が広めたものです。1926年から1995年までの米国市場データを使ったこの検証では、株式と債券を半々にした資産から毎年4%(インフレ調整)を取り崩すと、30年間で約95%の確率で成功したとされています(出典は本記事末尾に記載。2026年7月29日時点で確認)。
では、この「成功」とは何か。トリニティ・スタディの定義はとてもシンプルで、「30年が終わった時点で、資産が1円でも残っていれば成功」というものでした。
この定義を知ると、同じ「成功率95%」でも見え方が変わってきます。
- 期間の前提が違えば別物:この95%は「30年」の話です。65歳で引退して95歳まで、という想定ならちょうどよいのですが、40歳でFIREして100歳まで暮らすなら60年。前提が2倍違えば、同じ4%でも成功率はぐっと下がります。ベンゲン自身も、30年を超える期間を想定するなら取り崩し率は3%近くまで下げる必要がある、という趣旨を述べています。
- 「1円残ればOK」はぎりぎり合格:終了時に資産がほとんど尽きかけていても、定義上は「成功」に数えられます。「余裕をもって残った」場合と同じ一票なのです。
- 残り5%は資金が尽きたケース:成功率95%とは、裏を返せば20回に1回は途中で資産が底をついたということ。その1回を自分が引かない保証はありません。
つまり成功率は、「どんな前提で、何を成功と呼んだか」とセットで初めて意味を持つ数字なのです。90%という数字だけが独り歩きすると、かえって判断を誤らせます。
そのことを象徴するのが、4%ルールを世に出したベンゲン本人による見直しです。2025年の著書で、彼は安全な取り崩し率を4.7%へ引き上げています。米国株と債券が中心だった前提を、国際株式や中小型株を含む幅広い資産に広げたことが理由だと説明されています。しかも本人は「4.7%は最悪ケースの想定」と位置づけており、条件次第ではもう少し高くてもよいという立場です。提唱者自身が、前提を変えただけで数字を動かしている——ここにも「成功率は前提とセット」という性質がよく表れています。
数字を「信じる」のではなく「眺める」ために
ここまでをまとめると、こうなります。
- 「◯年で達成」という一本道の計算は、わかりやすい代わりに楽観に振れやすい。
- モンテカルロ法は、ばらつく未来を大量に試して「成功率」という確率で示す。
- その成功率は、期間の前提と「成功の定義」しだいで意味が変わる。
大切なのは、たった一つの数字を信じ込むことではなく、自分の条件(開始年齢・生活費・運用方針)を入れて、確率がどう動くかを眺めてみることだと思います。前提を少し変えるだけで数字が大きく揺れるのを目にすると、「1つの計算を鵜呑みにしない」という感覚が自然と身につきます。
自分の数字で試せるツールを作りました
この「成功率」の考え方をそのまま形にしたのが、シンプルFIRE計画 です。年齢・資産・積立額・生活費などを入れると、モンテカルロ法で1万通りの未来を試し、「何%の確率でうまくいくか」を表示します。登録不要・無料で、入力したデータはブラウザの中だけで処理されます。
「4%ルールは開始年齢が変わっても通用するのか」を実際に数字で検証した回もあります。あわせてどうぞ:4%ルールはFIREでも通用する?1万回シミュレーションで検証してみた。
出典・注意点
- 4%ルールの出発点:William P. Bengen, “Determining Withdrawal Rates Using Historical Data,” Journal of Financial Planning, 1994。米国の1926年以降の歴史的データをもとに、30年間のリタイアを想定した研究です。
- トリニティ・スタディ:Philip L. Cooley, Carl M. Hubbard, Daniel T. Walz, “Retirement Savings: Choosing a Withdrawal Rate That Is Sustainable,” AAII Journal, Vol. 10, No. 3(1998年2月), pp. 16–21。米テキサス州トリニティ大学の3氏による研究で、1926〜1995年のデータを用い、株債50/50・4%(インフレ調整)取り崩しで30年間の約95%が成功した、と報告しています(成功=期間終了時に資産が残存)。
- ベンゲンによる2025年の見直し:著書 A Richer Retirement: Supercharging the 4% Rule to Spend More and Enjoy More(2025年)で、より分散させた資産構成を前提に安全な取り崩し率を4.7%としています。本人は同率を「最悪ケースの想定」と説明しています。こちらは書籍の内容を報じた二次情報にもとづく記述です。
- 上記の記述は Wikipedia(4% rule)、Wikipedia(Trinity study)、および Money誌の記事 で2026年7月29日に確認しました。数値は元研究や前提条件により幅があります。
- 本記事およびアプリは情報提供を目的としたもので、投資助言ではありません。将来の運用成果を保証するものでもありません。投資の判断はご自身の責任でお願いいたします。
筆者:yokafolio(30代・FIREを目指して積立中)。「余白のある人生」をテーマに、シンプルな家計・資産ツールを作っています。